トップページ | 2008年1月 »

2007年12月

カエルの妹は大王ガマ

去年は、吝かというかサボってしまったので、今年は書こうと決めていたお年賀ですが、どーやらこの薄弱な意志は来年に持ち越しのようです。

俺には二人の妹がいる。その内のお姉ちゃんの方が、昨日から東京に遊びに来ている。昔から兄妹一真面目なのだが、少しお茶目な所もある。
ただ、共感を得てくれる方もいるだろうが、得てして真面目な人のお茶目は酷いもんだ。ウチの妹も例外ではない。少し物が散らかっている程度の俺の部屋を一瞥して、汚いと怒っていたが、俺がバイトに行ってる間妹を部屋に置いといたら、三倍は汚れていた。
お茶目なアズナブルです。
また、お風呂入るならこの窓に干してるバスマット敷けやー、と言っておいたら、洗面所にかけてある俺の顔拭きタオルが敷いてあった。
お茶目なクラウザー二世です。
そんなチャメーっとした妹は今日ビックサイトに行っている。東京の友達に誘われて、それでこっちに遊びにきたのだそうだ。しかも二日目。コミケは二日目が濃いと聞いている。
どーやら俺のお茶目な妹は、俺なんかを遥かに凌ぐマンガ好きなようだ。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

何かが生まれたような一夜

24時間ライブして、15時間眠った。起きてすぐバイトに行く時間だったので、休憩時間にこれを綴る。
果たして一昨日初めてゴールドラッシュを観た方々の、何人の頭の中に残ることができたのだろうか。来月の事務所ライブで「フェスで初めて観たんですけど…」と声をかけられて初めて「あー、お疲れさん」とフェスでの自分を労おう。ナイトではあまりフロアに出なかったが、生まれて初めてDJをやった。それでお客さんが楽しそうに踊っているのを見た時、自分でも驚くほど気持ちよかった。これは今までの自分に無かった感覚だ。ゴールドラッシュが経験によって新しい何かが芽生えた。まさにゴールド・エクスペリエンスだ。
盛り上げてくれた皆さん、それとトゥインクルSOS団の皆さん、本当にありがとうございました。
フェスとナイトは経験とは本当に大事なものだと感じさせてくれた。きっと、その人の人格や外見を形成する要素の大半は経験だろう。
こんな素晴らしい経験をさせて頂いた多くの皆さん、本当に有難うございました。でも感謝ばかりしていても始まらない。本当に大切なのは、この経験を生かすこと。ゴールドラッシュが「経験」を「生」かす。まさにゴールド・エクスペリエンス。二回目ェエエェ。わからない人はジョジョ第五部を。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

不安は不安でも

今日は今年の仕事納めになるライブ。観覧できない方々には本当に心苦しい。
事務所やスタッフはまさに師走で準備に勤しみ、若手はネタの準備に余念がない。
ウチの若手の九割が、明日共演するラーメンズ・エレキコミックに憧れて所属してきたので、今頃は遠足の前夜の小学生みたいになっていることだろう。ちなみに俺たちは所属したての頃、名前を聞いても顔が浮かばないほど両先輩を知らなかった。本当に無知とは罪だ。
初めてその二組の舞台を観た時は、何よりもあの舞台での圧倒的存在感に震撼した。その事があまりにショックで、悔しくて、無い物ねだりで。それからその二組の舞台は観に行っていない。ただのガキの駄々だ。この事をラーメンズ小林賢太郎に話したことがある。相方の土井(スタンド名は「カゲヤマ・ヒロノブ」)は当然隣でハラハラしていたが。すると人格者・小林賢太郎は、俺の失言に対して「それでいい。株式会社ラーメンズと株式会社ゴールドラッシュは、造り方が違うのだから」と答えてくれた。そして「でも娯楽として観に来てほしいな」と続けた。
あの存在感は、こんなに大きな器に入っていたのかと、自分のガキさが恥ずかしかった。
今日は自分達の舞台より、二組の舞台を観て、このガキさがまた出るのではと、そっちが不安だ。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

時間

再びメリークリスマス!お祝いの挨拶は、何度やっても良いのだ。
肉が嫌いなくせにモスチキンを買って、レアチーズケーキとカベルネで、グラスの鳴らない乾杯した。

さて今日は「時間」のお話。辞書によると、万物の形式や意識の変化が継起するもの、だそうだ。
簡単に言うと、この世の全ての変化の流れと、その速度を表すもの。
でも時間は人や物によって均等じゃない。猫の体の細胞が感じる五十年も、人なら七年かそこら。
子供の頃、大晦日から三が日までえらい速く感じた。この不定形なものを、が混乱しないように一定の尺度で計ったものが「時間」となったわけだ。
その正体をつきとめたのが、ベロが異様に長い学者さん。この人の考えた一般相対性理論というものでは、重力と時間は関わりがあって、重力が重いほど時間はゆっくり流れるのだそうだ。
確かに空気が重い、辛い空間では、時間が経つのがとても遅く感じる。
きっとあの辛い時は、本当に少し、計測器じゃないとわからないぐらいの重力が重くなっていて、そのせいで空気も重苦しくなっているのだ。
アインシュタインも「写真写るとき舌出すのやめなさい!」とガミガミ説教されている時に、「はっ」となったに違いない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ジャパニーズ・カルチャー

メリークリスマス!
1日早いが、お祝い事は前祝いからやるのが礼儀よ。
ただ1つ惜しむらくは、予定がまったくなかったのでバイトを入れておいたら、先輩芸人の快児さんからお誘いがあった。
無論、バイトなのでお断りせざるをえなかった。無念。
さて、今日は「ジャパニーズ・カルチャー」のお話。
元来、日本の文化は外国の文化を取り入れ、それをオリジナルとしてきたものだ。
文字・言葉然り、宗教然り。
そんな中で一際身近な話が、冒頭でもふれたイベント事。
仏教徒が多い日本人は、お盆に墓参りをし、クリスチャンの祭典であるChristmasを祝い、元旦には神道の社である神社へ初詣にいく。
皆がそうなわけではないが、こういった光景が見られるのは日本ぐらいなのだそうだ。
ということは、これら一連はもはや、日本のオリジナルと云えるだろう。
「うちクリスチャンじゃないし」と、12月25日に待ったをかけている人ほど、日本人らしからぬ行為というわけだ。
日本文化の特徴が、吸収・融合し、それを昇華させるものだとしたら、俺は日本人に生まれてきて本当に良かった。格好良すぎる。
父さん、母さん、ありがとう。ってXmasに両親に感謝するって、これじゃメリケンさんだね。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

ファッション化

昨日は今年最後の事務所ライブだった。見に来てくれたみなさん、ありがとう!諸事情で帰るのが遅くなって、挨拶が出来なかったみなさん、申し訳ない!
メリークリスマスと帰り際に挨拶したら、何人かは「おぉ」と反応が良かったのが嬉しかった。
さて、今回は「ファッション化」のお話。
最近電車の中でも、女子高生がSMについて、大声で話しているのを耳にすることがある。
そんなバカな!
「わたしーMなんですよー」などと軽々しく言っているメス豚に、本物のサディストが迫ったら、絶対拒絶するだろう。
本物は決して、その様な公共の場でM宣言などしない。いや、できないはずだ。
子豚の脚に、鋭利な物で傷付けた時に発するような鳴き声、に似た声を出しながら、快楽を感じるプレイをしている話などできるものか。
受けか攻めか。そっち「寄り」か。
その程度で語ってよい代物じゃあないはずだ。
いつからSMはこんなにファッション化してしまったのか。
良い例が、相方の土井(人を信じない心と激しい怒りによって目覚めた伝説の超戦士)は自称Mだが、人から触れられるのを極端に嫌う。
特に頭。S気取りが遊び半分で触ると、本気で怒る。
こんな所にもファッション化の余波か。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

最近のカタカナ語

ゴールドラッシュ1stソロライブの時、開場から開演までの間の時間を少しでも楽しんで頂こうと思ったので、乱文ながら我々のこの公演に対する思いを綴ったものを皆さんにお配りした。
その中で俺は、勝手に芸術とお笑いを同じカテゴリーにし、「芸術=そうぞう」と銘打った。
作り手側は創造。
観覧側は想像。
と。
これが笑ってしまうぐらいまったく理解されなかった。
だが、事務所の先輩である快児さんが、最近行った単独ライブで同じ様な内容を発表した。
みんな感心・感動していた。
同じイデオロギーでも、発信元の違いで雲泥の差が出る事を学んだ。
……
しっと!
SHIT!
嫉妬!

さて、最近のカタカナ語の話をしよう。
最近のカタカナ語は、最後の「ー」を省略している。
エレベータ
エスカレータ
コンピュータ
プリンタ
なぜこうなったのか。
ウチの相方・土井忠(イライラの実の能力者)も「カテゴリー」を「カテゴリ」と言っている。
ひょっとしたら、全てのカタカナ語は、元々最後に「ー」が付いていたのでは?

テレビー
ビデオー
ビールー
ゴールドラッシュー

…確かに要らない。
でも一応このブログーでは、「ー」を省略せずに綴っていこうと思う。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

トップページ | 2008年1月 »